予感はしていました。もしかしたらって。それでも信じていたかったのは、白蘭様は私の世界そのものだったからです。地獄のような世界に売られた私を、身請けという形で救い出してくれた白蘭様。あの日から私の世界は白蘭様そのものになり、この身も心も、全てを白蘭様に捧げました。

白蘭様が私に与えてくださる生活に不満を持つことは愚か、一つの不自由もありませんでした。それどころか、私のような者に対する恋人のような扱い。心は身にあまるほどの幸せで満たされていました。

けれど今、私の目の前の視界が波のように揺れています。白蘭様と腕を組みながら歩いていらっしゃるのは私ではなく、見知らぬ女性だったからです。彼女の、幸せそうに微笑みながら頬を染める朱に、私は破壊衝動にも近い憎しみを覚えてしまいました。

数週間前より白蘭様は時折女物の香水の匂いや化粧の匂いを纏いながらお帰りになられることが増えていました。そして今日。自由に外へ出かけることを許して頂いていた私が、買い物に出かけていると、向かい側の道を歩く白蘭様と見知らぬ女性の姿を見付けてしまったのです。

私は白蘭様から、恋人のような扱いをして頂き、何か勘違いをしていたのでしょうか。『私は、白蘭様に愛されている』と。白蘭様の心は私のものなんだと。何と愚かなのでしょうか。

絶望という名の色彩が、私の目の前に広がりました。私の居場所はきっと、今白蘭様の隣にいる女性に奪われるのでしょう。それが苦しくて憎らしくて仕方がありません。

けれど、いくら恋人のような扱いをして頂こうとも、私は白蘭様の恋人ではなく飼い犬。白蘭様は私の恋人ではなく飼い主。私はこの場所を奪われる日をただ待つことしかできないのです。

じわりじわりと押し寄せる暗闇に、私は初めて恐怖というものを知りました。





(悲しい雨が降り出した)